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<title>演出ノート</title>
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<title>「小町風伝」の少尉役</title>
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<description>「小町風伝」の少尉は小町が蓄音機にかけた「バラ色の人生」にのって登場します。小町...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「小町風伝」の少尉は小町が蓄音機にかけた「バラ色の人生」にのって登場します。小町の幻想＝思い出の中の恋人なわけです。私は小町を恋焦がれる思いを胸に、舞台に現れます。と、私の目の先、２メートルの所に小町がいます。私に背を向けて、「バラ色の人生」に思いも体も浸らせて、私の前をゆっくりとたゆたうように歩いているのです。私は小町の後をついて歩き始めます。これは小町と私の逢引なのです。それも現実の逢引ではなく、私にとっても幻想の。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というのも、私が演じる海軍少尉の役は深草の少将の現代版なので、小町と現実には会うことのないまま百夜小町のもとへ通ったという謡曲の設定を受け継いでいます。したがってここでの私は、小町を思いながら、つまり小町との逢引を想像しながら小町のもとへ通う少尉なのです。そのように小町のことを思いながら小町のもとへ通う少尉を年老いた小町が思い出の中に蘇らせている、というのがこの場面なわけです。したがって私にとっては、私の前を行く小町は私の思いの中の小町なわけです。そして私には声に出すべき台詞が与えられていません。ここでもし、私に台詞があったらどうなるか、ちょっと考えてみます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば「小町さん！」と呼びかけたとします。それを聞いて、小町は立ち止まる。再び私は呼びかける。「小町さん！」小町は振り返る。小町と少尉はお互いを見る。しばしの間の後、少尉が小町の側に寄る。小町の手を取る。……これも一つの夢の形かもしれません。あるいはこんなことも起こり得ます。……「小町さん！」と呼びかけたのにもかかわらず、小町さんは立ち止まって振り返ろうともしません。私はさらに声を大きくして「小町さん！！」と呼びかける。それでも小町は歩き続ける。私は気が狂わんばかりになって小町に追いすがり……これもあり得ることですよね。つまり私が言いたいことはこういうことです、台詞が語られるというのは、ある現実的な行為に役者を導くことであると。ところが私には台詞がありません。このことをこの文脈で考えると、「小町風伝」の中では少尉という役は小町に現実的な行為を働きかけることができない役として設定されている、ということになるのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;再び実際の舞台に戻ります。私の二メートル前を小町が歩きます。私はその後について歩き始めます。一息ごとに、小町の匂いを嗅ぎながら。…私の役は台詞がないことで、小町に具体的に働きかけることを禁じられているのです。それでも小町への思いは一足ごとに強くならなければならないのです。それをどのように演じたらいいのか…私は一息ごとに濃くなる小町の匂いを感じようとすることで、この場面の少尉を演じてみました。もちろん実際に小町の体臭が匂ってくるわけではありません。あくまでも幻想の中で小町の匂いが膨れあがって、自分を取り巻いて、その中で小町がどんな顔かたちだったか、あるいはどのような声だったかも思い出せなくなるほどに、我をも忘れかけて小町を思う少尉を演じてみたのです。前回に書いた「更新する現在」とはこういうことです。小町を匂いで感じること。その感覚が一息ごとに強くなる、その匂いの中に歩み入ることで、小町を巡る迷い道に踏み込んでいくかのような自分を意識すること。一息ごとに強くなる小町の匂いを、役者として一息ごとに新鮮に感じ続けようとすること、更新する現在とはこのことを意味します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>心と体</dc:subject>
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<dc:creator>ひろびろ</dc:creator>
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<title>ＢＳ２の「小町風伝」</title>
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<description>もうひと月以上も前になりますが、転形劇場時代の「小町風伝」がＢＳ２で放映されまし...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;もうひと月以上も前になりますが、転形劇場時代の「小町風伝」がＢＳ２で放映されました。何度も再演した舞台なので、いつの時の録画か明確ではないのですが、おそらく２５～6年前の舞台だと思います。あの日は帰ったのが12時を回っていましたので、遅い晩ご飯を食べながら、ＴＶのスイッチを入れてみました。で、実際の舞台が始まるまでの長いこと長いこと。三十分ほどでしょうか、評論家のＷ氏と俳優であり演出も行うＴ氏との対談というか、Ｔ氏は聞き手で、主にＷ氏が語っていらっしゃったのですが…忙しさに忘れかけていたのを、今日たまたまそのことが職場で話題になり、思い出してしまった、というわけです。で、何を思い出したかというと…私が腹を立てたということを…Ｗ氏のおしゃべりに腹を立てたということを思い出したのです。で、それを身内に抱えたままでいるのは健康によくないので、ここでちょっと書いてしまおうと思ったわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その三十分のおしゃべりで、Ｗ氏が転形劇場と大田省吾のことを彼なりの言葉できちっと語ったのは、冒頭の数分、転形劇場の初期の舞台である鶴屋南北作・太田省吾演出による「桜姫東文章」を見たときの感想のみ、だったように思います。その後は、能のこととかはお話になっていたけれど、転形劇場と大田省吾にとっての沈黙劇とは…、あるいは遅いテンポとは…、といったことは一切語られていなかったと思います。聞き手のＴ氏が、「舞台上の俳優がしゃべらないぶん、見ている自分の心の中で、いろいろなことが動いていたのが新鮮でした」というたいへん興味深い感想も、きちっと受け止められずに、Ｗ氏は何を語ったか！？たとえばこんなふうに言っていましたっけ…「転形劇場の遅いテンポは現実の時間を引き延ばしたものですよね。能の遅いテンポはそれとは違うんです。あれは死者の世界からやってくるわけですから、それを演じる役者の意識は実は素早く動いているんですね、現実の引き延ばしとは違うものなんですよ」…という意味合いのことを話していられたけれど、「現実の時間の引き延ばし」っていったいどういうことですか？私自身、あの舞台に海軍少尉の役で立っていましたが、そして「バラ色の人生」の曲にのって、通常よりは明らかに遅いテンポで登場してきましたが、現実の時間を引き延ばして歩いてなど断じてしていません。だいたい、「現実の時間の引き延ばし」ってどういうことを指しているのでしょうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Ｗ氏には転形劇場の遅いテンポは、いわゆるスローモーションにしか見えなかったのかもしれませんね。「現実の時間の引き延ばし」ということは、そういうことだと思います。では、私が登場する時、私はどういうことを意識していたのでしょうか？それは「常に更新される現在」という状態だったように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;転形劇場の研究生の一年間で、私は多くの大切なことを太田省吾から学びました。その一つが、「台詞は最後が大切である、最後を結論として言い切ること」ということがございました。これはどういうことかと言いますと、言葉というのは、既に心（頭かな）の中にあることが言葉になって口から出てくるのではなく、まだ漠然とした意識の動きが、言葉となって発せられる瞬間に初めて明確な形となって自分自身にも意識される、ということでした。たとえば滅茶苦茶旨いものを口に入れたとします。そのときの意識の動きを細かくみてみると、まず何とも言えない心地よさ、というか快感が唇や歯や舌に感じられて、そこから「旨い！」という言葉が脳裏に浮かぶか口から出るかして、「旨い！」という感覚が明確になる、というわけです。もう一つたとえば、怒る瞬間。何らかの強烈な不快感に思わず身内がわなわなと騒ぎ始め、血管がきゅっと締め付けられる感じがして、思わず「バカヤロウ！」という怒声が上って、そこで初めて自分が怒っていることが周囲にも自分にも明確になるのです。だとすれば、台詞がない、ということはどういうことなのか？つまり、自分の意識状態を明確にするべき言葉を持たずに舞台に立つとはどういうことなのか、その時、役者は何をどう意識して舞台に立っているのか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちょっと長くなりましたので、この先は次回にいたします。ということで、次回は「小町風伝」の海軍少尉の役を私がどう演じたか、というようなことを書いてみようと思います。その上で、転形劇場の遅いテンポは「現実の時間を引き延ばしたもの」とはまったく異なるものであることを理解していただきたいと思っています。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ひろびろ</dc:creator>
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<description>今日は横浜青葉区の小・中・高生ミュージカルの稽古に行ってきました。キャストの発表...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今日は横浜青葉区の小・中・高生ミュージカルの稽古に行ってきました。キャストの発表をしてきたのです。稽古の開始からほぼ一ヶ月たらずなのですが、生徒たちは時々私を驚かせてくれます。前回の稽古で私を楽しく大笑いさせてくれたのは、小学五年の男子であるＥ君。そのダンスを踊る彼の笑顔のハツラツさは見ているこっちも笑いに引き込む引力があって、ダンスはお世辞にも巧いとは言えないのに、いつの間にか私は大笑いしておりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして今日の稽古で私の目を引き付けたのは、小学４年の女子Ｙちゃんのダンス。つい最近まで、私と目が合うと、ふっとすぐにそらしてしまう、なんとなく自信なさそうな視線の持ち主だと感じていたはずなのに…今日、稽古場でダンスを踊るＹちゃんは、そんな自信のなさは面影もなく吹き飛ばして…体をめいっぱい大きく躍動させてのダンスに「えっ、いつの間に！！」と嬉しい驚き。ダンスのリーダーからも、「すごく体を大きく使っていたよ！」とお褒めの言葉をいただいて…台詞になるとまだまだ遠慮がちだけれど、きっといつか今度は演技で私を驚かせてくれるんじゃないかなあ…というふうに、変わっていく子どもたちを見ているのは何とも言えない喜びを私に与えてくれます。「見ることの喜び」とでもいうのでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回は総勢36人と、青葉ミュージカルとしては少ないのですが、ダンスも歌も、今のところその少なさを感じさせないエネルギーを皆から感じています。「ハヤブチノヌシ、帰るとき」いよいよ稽古が本格化していきます。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>ひろびろ</dc:creator>
<dc:date>2008-11-23T22:19:07+09:00</dc:date>
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<title>中途半端な日々</title>
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<description>中途半端 その①　ドストエフスキーの「悪霊」を読みかけているのですが、もうひと月...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;中途半端&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その①　ドストエフスキーの「悪霊」を読みかけているのですが、もうひと月以上、読みかけのままになっています。滅茶苦茶面白いけれど、今は読み続ける余裕なし。物語は佳境に入りつつあるのに、いつになったら先が読めるのか…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その②　新作の台本。Ｋ出版社の社長氏からの申し入れで既に題名が決定。主人公は中学校の教師という設定でいくことに決定。実際の「先生」にも何人か取材させていただいて、と目論んでいるのですが、公演時期が再来年秋になりそうで、ちょっと小休止。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その③　ならばと、来年の６月に小川国夫氏の「アポロンの島」のリーディングを企画。ちょっとワクワクしてきたところ、どうも会場がままならず、再来年の２月ごろに延期になるもよう…う～ん…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その④　そんなところに、岩手で劇団活動をされているＫ氏から、「水の花」の岩手公演のお誘いがかかる。わざわざ東京まで先日の公演を見に来てくださり、「４０代～５０代という、最も演劇鑑賞年齢から遠い世代が共感できる、マレな舞台だった…」との手紙を添えて、誘ってくださっている。行きたいのは山々ですが、私たちにも生活という重い足枷があって…これも再来年をめどに、仙台公演も視野に入れてなんとか実現させたいのですが…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、今はとにかく稽古が進んでいる横浜青葉区小・中・高生ミュージカルに集中しなさい！ということと受け止めることにいたしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ミュージカルの本番は２００９年１月２４・２５の両日です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;興味のある方は是非！&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ひろびろ</dc:creator>
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<title>あらためて勇気を！</title>
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<description>昨年の公演「孤独な老婦人に気をつけて」もさまざまな反応がありましたが…（シアター...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨年の公演「孤独な老婦人に気をつけて」もさまざまな反応がありましたが…（シアターアーツから上演台本掲載の申し出があったり、同誌上でＥ氏が昨年のベスト舞台の一つにえらんでくださり、またベストアーティストの一人に私の名前を挙げてくださったり）…今年の「水の花」は規模が小さかったのに、それでもいろいろな反応がございました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その一つ…次回作のタイトルがどうやら決まりそうなのです。というのも、Ｋ社という出版社の社長氏がその会社で出版している熟年離婚をテーマした本を素材に新作を書いてみないか、と提案してくださったのです。早速本が送られてきて、読んでみると…いや、面白いですよ、たしかに熟年離婚の話はしょっちゅう聞かされますし、といいますか、今や離婚は日常茶飯事、こういう仕事で小学生中学生と関わっていますと、急に姓が変わる子どもはちっとも珍しいことではありませんし…そうだ！主人公を中学校の教師にして新作が書けないだろうか…荒れる学校の手がつけられない生徒の一人が親の離婚にその原因があり、その生徒たちを相手に悪戦苦闘している教師の家も、実は目下離婚の危機に直面していて…という設定で書いてみようかと…「水の花」ではザ・タイガースの音楽を使いましたが、次回作ではサイモン＆ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」がテーマミュージックになりそうで…と構想は広がりつつあり…こうなったら実際の中学校の先生に取材をしてみたいなあ…と思っております。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう一つ。「水の花」のＤＶＤ、思ったより注文があります。思ってみれば、いつもいつも「いいものを創ろう」とばかり考えていて、創ったものを、あるいは自分たちを売ろうという発想は皆無だったなあと…そういう意味ではＤＶＤの発売を勧めて下さった方々に感謝です。本番を三回も撮影して編集に当たってくださった映像作家のＭさんも、「これだけつき合っていると、台詞まで覚えちゃいそう」と仰りながら「面白い作品ですよね。違う役者さんがやったら、また違う味の舞台になるんでしょうね」などと、書き手としては非常に嬉しいことを言ってくださいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのＤＶＤを自分見たおかげで、この作品はいずれ改訂版で再演をしようと決めました。なにせ演出の私が主役といいますか出ずっぱりでしたからね、分らなかったこともいろいろあって…でもこれ、ちょっと手直しをすると、本当の意味で珠玉の舞台、といっていいものになると確信しました。そういえば、感想を送ってくださる方もいましたし、どなたかのブログで「静かな秀作」と評されましたし、いろいろ話題にもなったようで…あらためて勇気をいただきました。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<description>またまた久しぶりになってしまいました。９月の「水の花」公演のあとは、すぐに立教で...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;またまた久しぶりになってしまいました。９月の「水の花」公演のあとは、すぐに立教での後期の授業が始まるし、ミュージカルの稽古も始まるし、Ｕ・フィールドの次回作品に外部から注文があったりと…（詳しい話は後日に）…相変わらずのめまぐるしいまいにちで…その間に母親を病院に連れて行ったり、親戚の法事があったりなどなど…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;１１月１・２・３日と世間は三連休の間、私は地元相模原の中学校演劇大会「風っ子演劇祭」の講師をつとめてまいりました。今年は例年に増して面白かった！男子生徒が増えたんですよね、相模原は。Ｋ中学など３２人の部員の半数１６人が男子。劇の始まり、緞帳が上がるや１６人の男子部員全員でのダンスから劇がスタート、圧巻！の感あり。またＴ中の舞台では一年生男子二人が大活躍。顧問の先生によるオリジナル台本も中学生それぞれの個性を引き立てる楽しい台本で、客席には笑いの渦が巻き起こったり…これはＴ中かＫ中か、どっちかは県大会に推薦して相模原の男子演劇部員を桜木町の舞台に乗せてあげたいなあ…などと思っていたのに…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;三日目の舞台はさらに充実。Ｏ中の舞台は、よく中学生でここまで演じられたなあ（もともとは高校演劇の台本だったので）…つくずく感心！きっと何度も何度も話し合いを重ねてきたんだろうなあ…見ていて嬉しくなりました。でも推薦枠は２校だから、どちらかの男子部員は行けるんじゃないかな…と思っていたのに…最後のＳ中がまたなんとも中学生でなければできない淡い恋の始まりを描いて…それが大げさな演技がないぶん、大人の劇を批評する言葉を使えば「抑制がきいてる」ぶん、見ている者の心にじわっと沁みてくるものがあって…ああ！残念！相模原の活きのいい男子部員たちは桜木町の舞台には届かなかった！！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;神奈川県大会は１２月６・７の二日間。横浜桜木町駅から歩５～６分の県立青少年センターの大ホール。Ｏ中・Ｓ中がさらに充実した舞台を創りだしてくれることを願いつつ…男子部員たちも、今年は舞台は遠かったけれど、応援なら客席からできるわけだから、見に来てくれると嬉しいんだがなあ…それと相模原とは違った芝居もみられるはずだしさ、きっと刺激を受けると思うよ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<description>ようやく終わった、というか、いつものことなのですが、始まってみたら、あっという間...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ようやく終わった、というか、いつものことなのですが、始まってみたら、あっという間に終わっていたといいますか…Ｕ・フィールド公演Ｎo.２６「水の花」…うーん、いつの間にか２６回を数えていたのですね。Ｎo.1「グレー」の時には現在中学２年の息子はまだ影も形もなかったわけですから…あれが１９９０年の５月のはずだから…あれから１８年かあ…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;…転形劇場がなくなった今、ほかにやりたい劇もないし入ってみたい劇団もないんだから、とにかく集まって稽古をやってみようや…と転形劇場に同時期に入団した連中を中心に週に２～３回集まっていたかしら…そこでやっていた即興の稽古が面白くて、それを核にオリジナルの台本を作って公演を打ってみようか…ということになって～♪これっきり　これっきり　これっきり♪～なんて山口百恵さんの歌があったけれども、一回こっきりでもかまわない、とにかくやってみようということで…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「クソッタレ　クソッタレ　クソッタレ！」という言葉が台本の最初の言葉。転形劇場と大田省吾さんの呪縛から自らを解き放つためのおまじないだったのかもしれませんね、この「クソッタレ」は…私は舞台裏で自分の出番を待ちながら、劇の進行に、お客様の反応に全神経を集中していたと思います。そして３０分が過ぎて自分の出番がやってきて…これはダメだな、あまりにも静かな客席の様子に私は覚悟を決めたものでした。とにかく全力を尽くしたのだから後悔はないはずだ、と自分に言い聞かせて舞台に上って…それから５分後、客席には笑いの渦が巻き起こっていたのでした。終演後、いろいろな方から祝福を受け、「これから先が楽しみだなあ…」と心からの激励を受け、そして励んできたつもりだったのに…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あれから１８年かあ…ある程度の評価を受けたこともあるし、見に来てくれた太田さんから「こういった劇の作り方は世界に通じる可能性を持っている」などと言っていただいた時もあったのに…決定的な作品を創り出せないまま１８年がすぎてしまい…昨年の七月に太田さんは亡くなった…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は自分の原点に帰ろうと思った。役者に復帰しようと。舞台に立つ、ということは、世界と向き合うことです。世界の中にたたずむことです。世界の中の小さな一点にすぎない自分を、極小の一点ではあるが、まぎれもない自分を確認することです。他者の目を通して自分の小ささを微小さを、しかし微小ではあっても他とは違う自分を確認すること、そのためにこそ、私は舞台に立つのです、自分の体を意識して、呼吸を意識して、視線を意識して、姿勢を、手の位置を、足の運びを意識して…そのようにして私は今回も「水の花」の舞台に立ちました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;開演時間になると、鳥のさえずりが聞こえてきます。水の流れる音も聞こえてきます。遠くで子どもたちが遊んでいるような声も聞こえてきます。舞台には緑の蔦草がからまり、ところどころに小さな菊が群れて咲いていたりして…そこへ私が歩み出ます。懐かしい公園を歩く気持ち。目には緑が優しくて、木々の香りも漂うようで…ここでずいぶん遊んだんだよなあ…という言葉も意識のうちを横切っていったり…そのようにして舞台の中の公園に歩み入っていくとき、私の意識の産物でしかない公園が、劇を見ている観客の皆さんにも感じられてくるのです。「舞台の上の私の体」を通して、私の意識と観客の意識が出会い、合流していく。他とは違う自分が、劇を見る観客一人ひとりの意識の中に息づき始める…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「水の花」多くの賛辞もいただきました。また同時にまだまだ至らない点の指摘もいただきました。それらを励みに、また歩き始めてまいります、新たな舞台と、そして観客の皆さんとの新たな出会いを求めて。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;２００８年　９月１７日&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<item rdf:about="http://hirobirobiro.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_6226.html">
<title>忙しいのに楽しくて</title>
<link>http://hirobirobiro.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_6226.html</link>
<description>長らくご無沙汰してしまいました。本格的に役者をやるのは本当に久しぶり、こんなにも...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;長らくご無沙汰してしまいました。本格的に役者をやるのは本当に久しぶり、こんなにもワクワクしながら緊張し、ウヒヒヒと面白くなったとたんにクソッと自分を罵りたくなったり、まあ、面白い分、月日がアッいう間に飛び去りつつあります。「今回は台詞が多い！」やっと半分覚えたのに、まだあと半分覚えねば！とにかく、「暑い暑い暑い暑い」とボヤキを連発しながら、役者三人、稽古に精を出しまくっておりますので、どうぞ本番を楽しみにしていてくださいね！　とここまではＵ・フィールドのご報告。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、メッセージボードにも書きましたが、ドラマ・リーディングに役者としては初挑戦いたします。村尾悦子作・「ホーム・カミング・ロード」　面白い台本です。読んだ印象は大田省吾とフェリーニを合わせたような、といいますか…稽古が三日しかないということで、どうなんだろう…と思っていたのですが（まあ、そういう条件でしたので、新作の稽古中でもお引き受けできたのですが）…演出意図も明確なので、ちょっと面白いリーディングなりそうなので、紹介したくなりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やるのは7月２４（木）１９：３０　と　26日（土）１４：００&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;場所は　池袋シアターグリーン（ＢＡＳＥ　ＴＨＥＡＴＥＲ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私がやるのは「老人」という役なのですが、いい役ですね。それと言葉がたいへんいいんです。選ばれている、といいますか。目下稽古を重ねている私の「水の花」とは全然感触が違う言葉が選ばれていて、それも、二つを同時進行させている私にとっては新鮮なんですね、きっと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;興味のある方は、是非私までメールを送ってくださいませ。メールアドレスを記しておきます。&lt;a href=&quot;mailto:i-hiro1014@jcom.home.ne.jp&quot;&gt;i-hiro1014@jcom.home.ne.jp&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>心と体</dc:subject>
<dc:subject>文化・芸術</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>
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<dc:subject>趣味</dc:subject>

<dc:creator>ひろびろ</dc:creator>
<dc:date>2008-07-13T17:51:38+09:00</dc:date>
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<title>こっぱずかしい！</title>
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<description>昨日、９月公演「水の花」の初稽古があり、出演者３名が集まっての初読み合わせ。演出...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨日、９月公演「水の花」の初稽古があり、出演者３名が集まっての初読み合わせ。演出は私だから本当に３人だけの稽古場。ちょっとさびしい気もしますが、それだけ言いたいことを言って、やりたいようにチャレンジできる場にしよう、そういう他の２人の心意気？…みたいなものが感じられて、ちょっと勇気がわいてきましたが…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここのところ時間があると、図書館から借りてきたジャン・ジュネの「恋する虜（とりこ）－パレスチナへの旅」を読んでいます。ジュネが死んだのが１９８６年ですから、それからだって２０年が過ぎているのに、パレスチナ問題は未だに解決されず、今日の新聞にも「希望が持てないパレスチナの若者たち」というような見出しの記事が載っていました。明日の５月１５日がイスラエルの建国の日＝中東戦争が始まった日であり、パレスチナの人々が国を奪われた日だからなのでしょう。しかし、今回の芝居「水の花」はそんなパレスチナのこととは無縁です。イラクでは戦争が続いているし、中国ではチベットを含む少数民族の人たちが自治を認められずに苦しんでいるかもしれませんが、そういうこととも無縁です。日本では硫化水素自殺が相次ぎ、いったいこれはどういうことなんだ、そんなに生きてることに希望が見出せない社会になりつつあるのか…と背筋が寒くなる思いがしますが、そんなこととも無縁で…同窓会帰りの二人の男、５６歳の二人の男の中学時代の劇（宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」）の思い出や初恋の相手である荒川ミユキとの思い出が語られ…ああ、こんな芝居に意味があるのだろうか？中年男のノスタルジーじゃあないのか、金を貰って見せる価値があるのか、俺はバカなんじゃないのか、いや、作家としての力量が絶対的に不足してるんじゃないだろうか…等々…次から次へと疑問が押し寄せ、じっさい恥ずかしくってしょうがないのですが、それでもこの劇を３人で稽古します。そして上演します。パレスチナやイラクや中国や日本のいろいろなことに目を向けているように思っている自分もいることはいますが、こんなことしか考えてない自分だって自分なんだもの、もしかしたらこの恥ずかしい自分こそ、いちばん自分らしい自分かもしれない、いや、きっとそうなんだよ、だから演じる自分に当てて書いたのが今回の台本で、つまり自分への当て書きなんだよね、くっそ、もっとかっこいいやつ書ければいいのに、よりによってかっこ悪いしなア…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ジュネの本は明日で貸し出し期限が切れるので、まだ三分の一しか読めてないけど（彼の本は時間が掛かるう！）、図書館に返します。ここからは台詞も覚えないといけないし、役者に集中していきます。今回の芝居は体を意識して書いたつもりです。それはどういうことなのか、稽古しながら考えていきたいと思っています。このブログもあまり書けなくなるかもしれません。でも、応援してください。是非、いい舞台にしたいと思います。恥ずかしいけれど、これが今の自分だとしたら、その飾らない自分を是非見てください。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ひろびろ</dc:creator>
<dc:date>2008-05-14T23:08:04+09:00</dc:date>
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<title>ジャンガストの視線</title>
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<description>一昨日（５月２日）立教のワークショップで＜見るー見られる＞というエチュードをやっ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;一昨日（５月２日）立教のワークショップで＜見るー見られる＞というエチュードをやったせいかしら、その日の深夜、台所で食器の片付けをしていると、急にジャンガストという人名が浮かんできました。小川国夫の小説に登場する人物の名前です。舞台はフランスの田舎町（だと思う…）の酒場。そこで主人公の浩をじっと見つめている男がジャンガスト。背が大きく、ボクサー上がりで、きっと顔は少しつぶれたところがあるのかしら…、そのジャンガストがカウンターでコニャックを飲みながら、じっと浩を見つめている。やがて、ジャンガストは浩のテーブルまでやってくると、立ったままじっと浩を見下ろすことになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;＜浩はそれに気がついたが、そのまま新聞を読んでいた。…（中略）…酒場は静まり返った。浩は自分達が酒場の中心になったことを感じていた。＞&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一触即発の緊迫した場面である。荒々しい言葉は一つもないのに、暴力の予感で満ちている。一方的に見ているジャンガスト　対　一方的に見られている浩。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結局暴力沙汰は起こらずに、二人は言葉を交わす関係になっていくのだが、そこでもまた＜見る＞＜見られる＞という関係の中で再び静かな対決がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ヴィエトナム人かね……」「いや、日本人です」「ヴィエトナム人と日本人はどう違うかね……」「さあ……ヴィエトナム人の方が花車のようだな……」「そうかね……あんたも細い手をしている」「日本にいれば細い手じゃない」と浩は自分の手を見ないで、いった。ジャンガストは、テーブルの上に置かれた、浩の手を見ていた。浩は、自分の手を動かさないように、怺（こら）えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やがてジャンガストの妻がヴィエトナム人の男に奪われたことが語られ、さらに６歳だった一人娘を海で失ったことが語られて、短い小説は終わるのだが…&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;食器の片づけを終えると、私は急いで二階へ上がった。本棚からこの短編が収められた「アポロンの島」を抜き取り、声を殺して読んでみた。急に小川国夫の小説が語りたくなったのだ。ジャンガストの話は「貝の声」、さらに「枯木」「エリコへ下る道」と声を殺して読んでみた。…面白い。これは語ってみたい。観客の前で語ってみたい。以前、ある方から「語り」を勧められたことがある。彼女はカミユの「異邦人」なんかいいんじゃないかなあ…と言ってくれたのだが、うーん…、と決めかねていた。しかし、このとき、「これだ、小川国夫だ！」と思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;彼の作品には人間の体が顕わになる瞬間があるのです。そこを語りながら演じてみたい。それこそ、役者井上にとってもっとも関心のあるテーマじゃないか。是非実現させてみたいと思っています。どうぞご期待ください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;/p&gt;</content:encoded>


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