「小町風伝」の少尉役

「小町風伝」の少尉は小町が蓄音機にかけた「バラ色の人生」にのって登場します。小町の幻想=思い出の中の恋人なわけです。私は小町を恋焦がれる思いを胸に、舞台に現れます。と、私の目の先、2メートルの所に小町がいます。私に背を向けて、「バラ色の人生」に思いも体も浸らせて、私の前をゆっくりとたゆたうように歩いているのです。私は小町の後をついて歩き始めます。これは小町と私の逢引なのです。それも現実の逢引ではなく、私にとっても幻想の。

というのも、私が演じる海軍少尉の役は深草の少将の現代版なので、小町と現実には会うことのないまま百夜小町のもとへ通ったという謡曲の設定を受け継いでいます。したがってここでの私は、小町を思いながら、つまり小町との逢引を想像しながら小町のもとへ通う少尉なのです。そのように小町のことを思いながら小町のもとへ通う少尉を年老いた小町が思い出の中に蘇らせている、というのがこの場面なわけです。したがって私にとっては、私の前を行く小町は私の思いの中の小町なわけです。そして私には声に出すべき台詞が与えられていません。ここでもし、私に台詞があったらどうなるか、ちょっと考えてみます。

たとえば「小町さん!」と呼びかけたとします。それを聞いて、小町は立ち止まる。再び私は呼びかける。「小町さん!」小町は振り返る。小町と少尉はお互いを見る。しばしの間の後、少尉が小町の側に寄る。小町の手を取る。……これも一つの夢の形かもしれません。あるいはこんなことも起こり得ます。……「小町さん!」と呼びかけたのにもかかわらず、小町さんは立ち止まって振り返ろうともしません。私はさらに声を大きくして「小町さん!!」と呼びかける。それでも小町は歩き続ける。私は気が狂わんばかりになって小町に追いすがり……これもあり得ることですよね。つまり私が言いたいことはこういうことです、台詞が語られるというのは、ある現実的な行為に役者を導くことであると。ところが私には台詞がありません。このことをこの文脈で考えると、「小町風伝」の中では少尉という役は小町に現実的な行為を働きかけることができない役として設定されている、ということになるのです。

再び実際の舞台に戻ります。私の二メートル前を小町が歩きます。私はその後について歩き始めます。一息ごとに、小町の匂いを嗅ぎながら。…私の役は台詞がないことで、小町に具体的に働きかけることを禁じられているのです。それでも小町への思いは一足ごとに強くならなければならないのです。それをどのように演じたらいいのか…私は一息ごとに濃くなる小町の匂いを感じようとすることで、この場面の少尉を演じてみました。もちろん実際に小町の体臭が匂ってくるわけではありません。あくまでも幻想の中で小町の匂いが膨れあがって、自分を取り巻いて、その中で小町がどんな顔かたちだったか、あるいはどのような声だったかも思い出せなくなるほどに、我をも忘れかけて小町を思う少尉を演じてみたのです。前回に書いた「更新する現在」とはこういうことです。小町を匂いで感じること。その感覚が一息ごとに強くなる、その匂いの中に歩み入ることで、小町を巡る迷い道に踏み込んでいくかのような自分を意識すること。一息ごとに強くなる小町の匂いを、役者として一息ごとに新鮮に感じ続けようとすること、更新する現在とはこのことを意味します。

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BS2の「小町風伝」

もうひと月以上も前になりますが、転形劇場時代の「小町風伝」がBS2で放映されました。何度も再演した舞台なので、いつの時の録画か明確ではないのですが、おそらく25~6年前の舞台だと思います。あの日は帰ったのが12時を回っていましたので、遅い晩ご飯を食べながら、TVのスイッチを入れてみました。で、実際の舞台が始まるまでの長いこと長いこと。三十分ほどでしょうか、評論家のW氏と俳優であり演出も行うT氏との対談というか、T氏は聞き手で、主にW氏が語っていらっしゃったのですが…忙しさに忘れかけていたのを、今日たまたまそのことが職場で話題になり、思い出してしまった、というわけです。で、何を思い出したかというと…私が腹を立てたということを…W氏のおしゃべりに腹を立てたということを思い出したのです。で、それを身内に抱えたままでいるのは健康によくないので、ここでちょっと書いてしまおうと思ったわけです。

その三十分のおしゃべりで、W氏が転形劇場と大田省吾のことを彼なりの言葉できちっと語ったのは、冒頭の数分、転形劇場の初期の舞台である鶴屋南北作・太田省吾演出による「桜姫東文章」を見たときの感想のみ、だったように思います。その後は、能のこととかはお話になっていたけれど、転形劇場と大田省吾にとっての沈黙劇とは…、あるいは遅いテンポとは…、といったことは一切語られていなかったと思います。聞き手のT氏が、「舞台上の俳優がしゃべらないぶん、見ている自分の心の中で、いろいろなことが動いていたのが新鮮でした」というたいへん興味深い感想も、きちっと受け止められずに、W氏は何を語ったか!?たとえばこんなふうに言っていましたっけ…「転形劇場の遅いテンポは現実の時間を引き延ばしたものですよね。能の遅いテンポはそれとは違うんです。あれは死者の世界からやってくるわけですから、それを演じる役者の意識は実は素早く動いているんですね、現実の引き延ばしとは違うものなんですよ」…という意味合いのことを話していられたけれど、「現実の時間の引き延ばし」っていったいどういうことですか?私自身、あの舞台に海軍少尉の役で立っていましたが、そして「バラ色の人生」の曲にのって、通常よりは明らかに遅いテンポで登場してきましたが、現実の時間を引き延ばして歩いてなど断じてしていません。だいたい、「現実の時間の引き延ばし」ってどういうことを指しているのでしょうか?

W氏には転形劇場の遅いテンポは、いわゆるスローモーションにしか見えなかったのかもしれませんね。「現実の時間の引き延ばし」ということは、そういうことだと思います。では、私が登場する時、私はどういうことを意識していたのでしょうか?それは「常に更新される現在」という状態だったように思います。

転形劇場の研究生の一年間で、私は多くの大切なことを太田省吾から学びました。その一つが、「台詞は最後が大切である、最後を結論として言い切ること」ということがございました。これはどういうことかと言いますと、言葉というのは、既に心(頭かな)の中にあることが言葉になって口から出てくるのではなく、まだ漠然とした意識の動きが、言葉となって発せられる瞬間に初めて明確な形となって自分自身にも意識される、ということでした。たとえば滅茶苦茶旨いものを口に入れたとします。そのときの意識の動きを細かくみてみると、まず何とも言えない心地よさ、というか快感が唇や歯や舌に感じられて、そこから「旨い!」という言葉が脳裏に浮かぶか口から出るかして、「旨い!」という感覚が明確になる、というわけです。もう一つたとえば、怒る瞬間。何らかの強烈な不快感に思わず身内がわなわなと騒ぎ始め、血管がきゅっと締め付けられる感じがして、思わず「バカヤロウ!」という怒声が上って、そこで初めて自分が怒っていることが周囲にも自分にも明確になるのです。だとすれば、台詞がない、ということはどういうことなのか?つまり、自分の意識状態を明確にするべき言葉を持たずに舞台に立つとはどういうことなのか、その時、役者は何をどう意識して舞台に立っているのか?

ちょっと長くなりましたので、この先は次回にいたします。ということで、次回は「小町風伝」の海軍少尉の役を私がどう演じたか、というようなことを書いてみようと思います。その上で、転形劇場の遅いテンポは「現実の時間を引き延ばしたもの」とはまったく異なるものであることを理解していただきたいと思っています。

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ようやく終わった、というか、いつものことなのですが、始まってみたら、あっという間に終わっていたといいますか…U・フィールド公演No.26「水の花」…うーん、いつの間にか26回を数えていたのですね。No.1「グレー」の時には現在中学2年の息子はまだ影も形もなかったわけですから…あれが1990年の5月のはずだから…あれから18年かあ…

…転形劇場がなくなった今、ほかにやりたい劇もないし入ってみたい劇団もないんだから、とにかく集まって稽古をやってみようや…と転形劇場に同時期に入団した連中を中心に週に2~3回集まっていたかしら…そこでやっていた即興の稽古が面白くて、それを核にオリジナルの台本を作って公演を打ってみようか…ということになって~♪これっきり これっきり これっきり♪~なんて山口百恵さんの歌があったけれども、一回こっきりでもかまわない、とにかくやってみようということで…

「クソッタレ クソッタレ クソッタレ!」という言葉が台本の最初の言葉。転形劇場と大田省吾さんの呪縛から自らを解き放つためのおまじないだったのかもしれませんね、この「クソッタレ」は…私は舞台裏で自分の出番を待ちながら、劇の進行に、お客様の反応に全神経を集中していたと思います。そして30分が過ぎて自分の出番がやってきて…これはダメだな、あまりにも静かな客席の様子に私は覚悟を決めたものでした。とにかく全力を尽くしたのだから後悔はないはずだ、と自分に言い聞かせて舞台に上って…それから5分後、客席には笑いの渦が巻き起こっていたのでした。終演後、いろいろな方から祝福を受け、「これから先が楽しみだなあ…」と心からの激励を受け、そして励んできたつもりだったのに…

あれから18年かあ…ある程度の評価を受けたこともあるし、見に来てくれた太田さんから「こういった劇の作り方は世界に通じる可能性を持っている」などと言っていただいた時もあったのに…決定的な作品を創り出せないまま18年がすぎてしまい…昨年の七月に太田さんは亡くなった…

私は自分の原点に帰ろうと思った。役者に復帰しようと。舞台に立つ、ということは、世界と向き合うことです。世界の中にたたずむことです。世界の中の小さな一点にすぎない自分を、極小の一点ではあるが、まぎれもない自分を確認することです。他者の目を通して自分の小ささを微小さを、しかし微小ではあっても他とは違う自分を確認すること、そのためにこそ、私は舞台に立つのです、自分の体を意識して、呼吸を意識して、視線を意識して、姿勢を、手の位置を、足の運びを意識して…そのようにして私は今回も「水の花」の舞台に立ちました。

開演時間になると、鳥のさえずりが聞こえてきます。水の流れる音も聞こえてきます。遠くで子どもたちが遊んでいるような声も聞こえてきます。舞台には緑の蔦草がからまり、ところどころに小さな菊が群れて咲いていたりして…そこへ私が歩み出ます。懐かしい公園を歩く気持ち。目には緑が優しくて、木々の香りも漂うようで…ここでずいぶん遊んだんだよなあ…という言葉も意識のうちを横切っていったり…そのようにして舞台の中の公園に歩み入っていくとき、私の意識の産物でしかない公園が、劇を見ている観客の皆さんにも感じられてくるのです。「舞台の上の私の体」を通して、私の意識と観客の意識が出会い、合流していく。他とは違う自分が、劇を見る観客一人ひとりの意識の中に息づき始める…

「水の花」多くの賛辞もいただきました。また同時にまだまだ至らない点の指摘もいただきました。それらを励みに、また歩き始めてまいります、新たな舞台と、そして観客の皆さんとの新たな出会いを求めて。

2008年 9月17日

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忙しいのに楽しくて

長らくご無沙汰してしまいました。本格的に役者をやるのは本当に久しぶり、こんなにもワクワクしながら緊張し、ウヒヒヒと面白くなったとたんにクソッと自分を罵りたくなったり、まあ、面白い分、月日がアッいう間に飛び去りつつあります。「今回は台詞が多い!」やっと半分覚えたのに、まだあと半分覚えねば!とにかく、「暑い暑い暑い暑い」とボヤキを連発しながら、役者三人、稽古に精を出しまくっておりますので、どうぞ本番を楽しみにしていてくださいね! とここまではU・フィールドのご報告。

ところで、メッセージボードにも書きましたが、ドラマ・リーディングに役者としては初挑戦いたします。村尾悦子作・「ホーム・カミング・ロード」 面白い台本です。読んだ印象は大田省吾とフェリーニを合わせたような、といいますか…稽古が三日しかないということで、どうなんだろう…と思っていたのですが(まあ、そういう条件でしたので、新作の稽古中でもお引き受けできたのですが)…演出意図も明確なので、ちょっと面白いリーディングなりそうなので、紹介したくなりました。

やるのは7月24(木)19:30 と 26日(土)14:00

場所は 池袋シアターグリーン(BASE THEATER)

私がやるのは「老人」という役なのですが、いい役ですね。それと言葉がたいへんいいんです。選ばれている、といいますか。目下稽古を重ねている私の「水の花」とは全然感触が違う言葉が選ばれていて、それも、二つを同時進行させている私にとっては新鮮なんですね、きっと。

興味のある方は、是非私までメールを送ってくださいませ。メールアドレスを記しておきます。i-hiro1014@jcom.home.ne.jp

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こっぱずかしい!

昨日、9月公演「水の花」の初稽古があり、出演者3名が集まっての初読み合わせ。演出は私だから本当に3人だけの稽古場。ちょっとさびしい気もしますが、それだけ言いたいことを言って、やりたいようにチャレンジできる場にしよう、そういう他の2人の心意気?…みたいなものが感じられて、ちょっと勇気がわいてきましたが…

ここのところ時間があると、図書館から借りてきたジャン・ジュネの「恋する虜(とりこ)-パレスチナへの旅」を読んでいます。ジュネが死んだのが1986年ですから、それからだって20年が過ぎているのに、パレスチナ問題は未だに解決されず、今日の新聞にも「希望が持てないパレスチナの若者たち」というような見出しの記事が載っていました。明日の5月15日がイスラエルの建国の日=中東戦争が始まった日であり、パレスチナの人々が国を奪われた日だからなのでしょう。しかし、今回の芝居「水の花」はそんなパレスチナのこととは無縁です。イラクでは戦争が続いているし、中国ではチベットを含む少数民族の人たちが自治を認められずに苦しんでいるかもしれませんが、そういうこととも無縁です。日本では硫化水素自殺が相次ぎ、いったいこれはどういうことなんだ、そんなに生きてることに希望が見出せない社会になりつつあるのか…と背筋が寒くなる思いがしますが、そんなこととも無縁で…同窓会帰りの二人の男、56歳の二人の男の中学時代の劇(宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」)の思い出や初恋の相手である荒川ミユキとの思い出が語られ…ああ、こんな芝居に意味があるのだろうか?中年男のノスタルジーじゃあないのか、金を貰って見せる価値があるのか、俺はバカなんじゃないのか、いや、作家としての力量が絶対的に不足してるんじゃないだろうか…等々…次から次へと疑問が押し寄せ、じっさい恥ずかしくってしょうがないのですが、それでもこの劇を3人で稽古します。そして上演します。パレスチナやイラクや中国や日本のいろいろなことに目を向けているように思っている自分もいることはいますが、こんなことしか考えてない自分だって自分なんだもの、もしかしたらこの恥ずかしい自分こそ、いちばん自分らしい自分かもしれない、いや、きっとそうなんだよ、だから演じる自分に当てて書いたのが今回の台本で、つまり自分への当て書きなんだよね、くっそ、もっとかっこいいやつ書ければいいのに、よりによってかっこ悪いしなア…

ジュネの本は明日で貸し出し期限が切れるので、まだ三分の一しか読めてないけど(彼の本は時間が掛かるう!)、図書館に返します。ここからは台詞も覚えないといけないし、役者に集中していきます。今回の芝居は体を意識して書いたつもりです。それはどういうことなのか、稽古しながら考えていきたいと思っています。このブログもあまり書けなくなるかもしれません。でも、応援してください。是非、いい舞台にしたいと思います。恥ずかしいけれど、これが今の自分だとしたら、その飾らない自分を是非見てください。

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すぐ側にある別世界 2

インスタント盲人体験のワークショップの最後に、こんなことを話してみました。現在中学2年の息子が3~4歳くらいだったかしら…

当時、彼は保育園に通っていて、朝は女房が保育園に送っていくのですが、帰りは、劇の稽古などがあるとおじいちゃん(私の父)にお迎えをお願いしていました。80歳での初孫、それはそれは可愛がってくれていて、お迎えも苦にせずしてくれたので私たちには大助かりでしたが、一つだけ困ったことがありました。おじいちゃんがお迎えに行くと、必ず玩具(おもちゃ)が増えるのです。帰り道の途中にマルエツがあって、そこできまってねだられるわけです。それで、おじいちゃんに「玩具は買わないで」とお願いし、「うん、分った」と言ってくれるのですが、それでも玩具は増えるばかり、「困るんだよ」と言うと、「いや、こっちも困っちゃうんだよ、玩具の前で動かないんだから」…

子育てで知ることはけっこうあるもので、私たち大人と、幼児ではスーパーマーケットは全然違う顔を見せるのです。その典型が幼児向けの玩具。ああいったものは、幼児の目線の高さに配置されているんですよね。ですから、大人に手を引かれてスーパーの店内を歩くことは、幼児にとっては玩具の誘惑を受け続けることになるんですよね。大人は晩ご飯のおかずは何にしようかなあ…と、ひき肉や鶏肉を眺めながら歩いているのに、子どもはウルトラマンや怪獣のフィギュアやポケモンやアンパンマングッズの林の中を歩いていたりするわけです。つまり大人と幼児とでは、スーパーマーケットが全く違う世界として体験されている、ということになります。さらに子どもによって、ウルトラマンに強く引かれる子と、仮面ライダーに夢中な子では世界が異なってくるでしょうし…このことを押し進めて考えていくと、現実の世界は一つでも、体験される世界は、そこに人が十人いれば十の世界体験が、百人いれば、百の世界体験がある。ということは、千人いればそこには千の世界がある、と言えるのではないでしょうかと…

つまり、私たちとは一人一人が別世界に暮らす者たちの集まりではないのか…と。

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すぐ側にある別世界

<感じる>ということについて、最近の体験から。

先日、立教のワークショップでインスタントの盲人体験をしてみました。二人一組になって、一方は目をつぶり、一方が手を取って散歩のようなことをしたわけですが、室内から外へ出た瞬間、私が手を引いていた学生のSU君が思わず、「おっ、おっ…」と声を発します。どうしたのかなと思っていると「陽の光ってすごいんですねえ…」と言うのです。十数分後には、今度は私がにわか盲人になって手を引かれたのですが、そう、4月末の太陽の光は、私の瞼の裏を真っ赤に染め上げてくれました。それで、しばらくする散歩を続けると、すぐ側で犬が「ウッ…ウッ…」と唸るのです。なんで犬がキャンパスに…?まさか俺を襲ったりしないだろうなあ…などとちょっと怯えていると、同じ所から「ナニ?」と呟く声が聞こえます。ああ、これは犬じゃなくて、ワークショップでにわか盲人を体験しているSI君が何かに触れて発していた声だと知りました。SU君が陽の光に驚いたように、SI君も何かに驚いていたのでしょうね。

その日、私が一番驚いたのは、外から室内に戻った瞬間でした。「えっ、こんなに空気が違うんだ、まるで別世界だよな」…心地よく流れていた風が一瞬にして途絶える、自分を取り巻いて聞こえていた物音、鳥のさえずりや学生たちがボールで遊んでいるざわめきやらがいっせいに遠のいていく感じ…つい一時間ちょっと前に、私は今と同じ道を通って、同じ入り口からこの建物に入ってきたはずなのに、その時はこの空気の違いにまるで気がつかなかったよなあ…

目を開いているか閉じているかで、世界の感じ方はこうも違うのですね。これは目を閉じること、視覚からの情報をシャットアウトすることで、他の感覚を鋭敏に意識するようになった結果の出来事ですが、俳優というのはいわば、この感覚の鋭敏化を舞台の上で目を閉じないで意識的に行う者なのではないでしょうか。

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意識のダンス 2

転形劇場で太田省吾さんが最後に創った舞台は「水の休日」でした。舞台一面に薄く(5センチぐらいかな)水を張って、水面が鏡のように物体や人間を反射して、時には漣がゆれるようで、きっと見ている分には美しい舞台であったろうと察するのですが…舞台に立つほうはそれはもう格闘技のようなところもあったように記憶しております。

その作品で、私は夜空に精子の星をちりばめたのですが、これは太田さんの「抱擁ワルツ」から引用されている場面でした。私は掌の精液から精子を宇宙に飛ばしたわけです。これにはいちおう歴史がありまして、この舞台の初演では、品川徹さんがたしか指先に息を吹きかけて夜空に飛ばし、追加公演でこの役を演じた大杉漣さんは指先を空に押し当てるようにして精子の宇宙を作っていたのです。私の好みはと言えば、品川さんだったのですが、真似をするのは嫌なのでひとひねり、指先を弾いて精子を夜空に飛ばしてみました。で、問題はここからです。飛ばし方はそれぞれでも、転形劇場の役者は舞台の上に精子が星のように輝く夜空を見ることが、たとえ見えなくても、星空を感じることができたのです。品川さんも大杉さんも、そして私も。ところがです。この同じ劇を新劇のある劇団の、それこそ映画やテレビでもおなじみの俳優さんがやられたのを見たのですが、とにかく希薄なのです。何がって、彼の頭上に星空が広がるはずなのに、彼には星空が感じられていない、感じられているとしても非常に希薄な、おざなりな星空なのですね、どう見てもこれは。つまりはこういうことです。感じること、なんですね、意識する、ということは。星が散りばめられた夜空を感じているか否か、それを意識に上(のぼ)せているか、否か。太田さんが常に問いかけていた意識、というのはこういうことだったと思います。

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牛・豚・鶏

前回の同時進行はすべて芝居の仕事でしたが、これに毎日のビフォー・ナインの仕事がからまります。某大手スーパーマーケットの朝の品出し作業なのですが、9時の開店時間に間に合うように、トラックで運ばれてきた商品を売場に陳列するわけです。最近、肉の売場の担当になったものですから、毎朝毎朝、牛・豚・鶏の肉と格闘しているわけです。

オーストラリア産牛・豚ミンチ100g単価99円の400gパック、250gパック、100gパック…国産牛・豚ミンチ100g単価128円300gパック、200gパック、100gパック…ほとんど見た目は変わらないのに単価が違っていたりして、けっこう気を使うのですが、それにしても、いったいこれだけの肉のために何頭の牛や豚や鶏が処理されていることか…肉の塊が入っていた運搬用の幌つき台車に首を突っ込むと、オッ獣クサっ…その瞬間、初めてヨーロッパに行って、肉屋に入った時の印象がワッと蘇って…

日本の肉屋は上品というか、うまくその辺を隠しているというか…あちらの肉屋は締められた鳥が天井から吊るされていたりして、匂いも生臭ければ光景もなまめかしくて、いやでも俺たちは獣の命を奪っているんだという感じがゴロッとあって、狩猟民族なんだよなあ…と感じていたのですが…

さっき女房が買い物をして帰ってきて、私が買い物袋から冷蔵庫にしまったのですが、グラム99円の牛豚ミンチ400gパックがひとつ、今朝、私が陳列したパックでありました。ありがたく食させていただきます。

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同時進行

今年一番の山場は9月9日~14日のU・フィールド公演「水の花」であることは間違いありません。さあ、それに向かって集中!…と、いきたいところですが、来年一月末に再出発公演が決まった横浜青葉区の小・中・高生ミュージカルの準備が始まっており、なんといっても制作者がいない集まりですから、スタッフの人集めから私自身も動かなくてはいけないし、また4月から新学期がスタートし、去年までの戯曲演習に、新しく身体論ワークショップなる授業がプラスされ、学生との出会いが広がるのはそれで楽しいものの、準備は2倍かかるし、一昔前の自分だったら、とうに爆発しているだろう忙しさなのに、最近はどうも忙しい中で人と会うのが楽しみになってきていて、それが創作にも刺激を与えてくれているようなので…それにしても目が回る。

U・フィールドの目下の仕事はチラシ作り。表のデザインが出来上がってきたので、今日は裏面に載る文章などを考えなければいけなかったのに、つい昨日あった授業のことを考えたり、三月の末にあった、ミュージカルのワークショップメンバーによる小公演のことを思ったり…そこでね、こんど6年生になった女の子が初めてソロで歌ったんですよ。それが嬉しいビックリでね、いいのですよね、「へえー!」初めて練習で彼女のソロを聞いたときは、正直驚きました。3年生の時から知っている彼女ですが、歌は合唱でしか聞いてなかったからなあ…このワークショップを企画して実現してくださっている、かめおかさんに大感謝です。その小公演、仕事が重なっていて見に行けなかったので、今日、いただいたDVDを見てみたのです。「つながる つながる すべては つながる…」(かめおかゆみこ詞・金子忍作曲)…声は伸びやかで、ふくよかな響きがあって…彼女の歌声はやはり最近の新発見、来年のミュージカルの楽しみが一つ増えました。

さて、チラシの文章、あしたこそ、と念じつつ、今日はそろそろおやすみなさい。

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あの日夢見たもの

今年からまた、横浜・青葉区の小・中・高生ミュージカルが再開することになりました。上演は来年の一月末。それに向かって着々と準備が始まりつつあります。

あの日 心の翼 はばたかせ                       限りない希望 胸に抱いて                          彼方を目指し 舞い上がる                          けれどもいつか 翼折れ 力尽き                      深く沈んだ 闇の底

何もかも 信じられずに                            心の扉 固く閉ざして                              あの日夢見たものも忘れて

ある日 闇の底から 見上げれば                      はるか彼方に かすかな光                          忘れた思い 蘇る                                耳を澄ませば 呼びかける 友の声                     凍った心 溶かしてく                              

勇気だし 今踏み出そう                            つながる心 見交わす目と目                         あの日夢見たものに向かって

これは第一回青葉区小・中・高生ミュージカル『手古奈』のエンディングに作られ、今では青葉ミュージカルのテーマソングとなっている「あの日夢見たもの」(かめおかゆみこ・詞 金子忍・曲)の歌詞です。当時、私は舞台の演出に自信を失っていました。自分の書いた台本とうまく距離を置くことができなくなっていたのだと思います。それが市民ミュージカルの演出の仕事をいただき、とにかく生活のために少しでもお金をゲットしようと引き受けたのが、まさか再び演出を自分の仕事として引き受け直すきっかけになろうとは、当時の私には想像もできない未来図でした。

バブルがはじけたあおりを食って、20年続いた築地魚市場でのアルバイトを失い、演劇ワークショップを立ち上げたものの生徒さんはなかなか集まらず、正直言って五里霧中、金はなくなる一方で、稼ぎは細々…そんな私の心に、この歌はしみとおったのです…

ミュージカル(演劇の舞台)を経験すると、子どもたちは変わります。本当に変わります。人前では物が言えなかった子が、終わったあとの解散会では、時間をかけてでも自分の思っていることをなんとか伝えようとします。中にはホワイトボードに絵だか図だかを描いた生徒(当時小4か5)もいました。小さい丸と大きい丸。小さい丸はミュージカルをやる前の自分で、大きい丸が今の自分だと言い切りました。言葉は訥々としていましたが、目は輝いていたのを鮮明に覚えています。そして変わったのは生徒だけではありません、私自身もずいぶん変わりました。演出に自信を失っていたのはとうの昔になりました。それでもこの歌を聴くと、今でも胸が熱くなります。また多くの生徒たちがこの歌を歌いながら、一つの節目を経験していくでしょう。そして私も、さらにこれからどんなふうに変わっていくんだろう…

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普通になること その1

演劇を通して初めて子どもたちと接したのは2001年、第一回青葉区小・中・高生ミュージカル「手古奈」の演出を引き受けた時でした。「井上がミュージカル?!」おそらくそれまでの演劇仲間は半信半疑だったと思いますが、こっちは何しろ演劇で少しでもお金にしたいわけですから、必死です。なんてったってミュージカル、予算のすごいこと、聞いて驚くぞ、80万!…誤記ではありません。たったの80万。舞台装置は、前回紹介した横浜のM先生が顧問を勤めるY中学が、中学生の演劇大会で「手古奈」を上演した際の舞台装置をほぼそのまま使って、節約節約!という状況でしたが、とにかくいろいろな方々にお手伝いいただき、それが最初で、以来、毎年続くようになったのですから(予算はもう少し膨らませていただきましたが)…とにかく踏ん張った甲斐があったわけですが…

その時に中学2年生だったNさんのことは忘れられません。M先生が…「あの子は教室に出て行けないので、保健室登校をしてるんですよ」…と教えてくれます。心の中で「へーっ!」と驚きます。そういわれてみると口数はたしかに少ないかもしれませんが、こちらを見つめる真摯で大きいつぶらな瞳といい、歌を歌う時のこれまた大きく開いた口といい、ミュージカルの現場(練習場)ではあんなに生き生きしている彼女がねえ、うーん!…

彼女には、兵士の役をやってもらいました。6人いる兵士の一人。台詞もけっして多くはありませんが、言ってもらいました。踊りも、これは戦いの踊りですから、かなり激しい踊りを、一生懸命踊っていました。そして、歌を歌う時の大きく開いた口と、あの見開かれた大きなつぶらな瞳!…本番が終わって、M先生を補佐してくださっていたG先生がニコニコ顔をほころばせて私に教えてくれるんです。「他の先生たちが舞台のNを見て驚いていますよ!あの子のあんな顔、見たことないって!!」…じつは私も驚いていたんです。いえ、舞台の彼女にではありません。当日は会場のロビーに出演者たちの顔写真が一人一人張り出されていたのですが、多少ははにかんで写っている子もいますが、殆どが稽古場で知っている顔顔が並ぶ中で、Nさんの写真だけが、まるで普段の彼女ではないのです。レンズから顔をそらしたいのにそらせないで、なんとかこらえて写っている写真、「えっ、これがNさん!?」唖然としました。もしかしたら、学校にいるときの彼女はこういう感じなのかしら…つまりこういうことなのです。学校の先生たちは舞台の彼女の生き生きとした姿を見て驚き、感動し、私は、ミュージカルの彼女とはまるで別人の写真を見て驚いていた、ということなのです。…そしてこのミュージカルをきっかけに、彼女は変わっていきます。普通の生徒へと時間をかけて変貌していくのですが、それは次回に。

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仕事で勉強

…というわけで、ずいぶんご無沙汰をしてしまいましたが、ようやく新しい台本を書き上げました。タイトルは「水の花」。…自分はもう台本を書くことはないんじゃないか…そう思っていた時期もあったのですが、どうやらまた書き始めたようです。台本を書くのと、演出をするのと、役者で舞台に立つのと、その時々で何が一番楽しいかが変わるのですが、この作品では三つともやることになります。そういえば昔、シンガーソングライターのような演劇人になりたいなあ…などと思っていた時期もあったのですが、はからずもそれが今秋、実現するのかなあ…

昨年の秋、立教の授業でベケットと別役を取り上げてみました。久しぶりに読んだ「ゴドー待ち」はたいへん新鮮で、なんて面白いんだと、こいつは是非U・フィールドでやってみたいな!と興奮したのですが、次に取り上げた別役の「天才バカボンのパパなのだ」も滅茶苦茶面白くて、ああ!これもU・フィールドで…!と興奮し、しかしすぐれた戯曲をじっくり読み直す、というのはあらためて勉強になったようです。いえ、仕事で中学生演劇の台本を年に30本ぐらいは読んでいるのですが、それも勉強になっているようです。ほんと、中学生のための台本だといって馬鹿にはできません。私が逆立ちしたって書けないようなすぐれた本やユニークな本がいっぱいあります。普段、私はそれを仕事で批評するのですが、仕事しながら勉強できるなんて最高!あ、立教のベケットと別役も仕事で勉強でしたね。もしかしたら、私はたいへん恵まれているのかもしれませんね。

そういえば、立教の授業は15人の学生が相手だったのですが、彼らがけっこう授業を、というか、ベケットと別役を面白がってくれて、それもこっちをいい意味で刺激してくれたようです。とにかくいろいろなことに感謝しつつ、新年度が始まったようです。

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カラマーゾフの兄弟

「カラマーゾフの兄弟」をやっと読み終えました。というか、自分だけの時間が許されるなら、途中からは食事も忘れて…いえいえ、食い意地がはっている私の場合忘れるのは不可能としても、せめておにぎりかサンドイッチを片手に、カップ麺を啜りながらでも読み続けたら三~四日で読みきってしまえたかもしれませんが、親戚で急な不幸があったり、授業のネタにベケットやら別役やらを読み直さねばならなかったり(これが予想を超えて面白くて、読んでいて嬉しくなってしまったのですが)、中学校の演劇大会が続いたり(12月は大会が四日あって、計28校が上演したので28本台本を読んだのでありますが、これも楽しみでやらせていただいている仕事ですので、つまりは幸せ者だと思うのですが)…泊りがけでお通夜と葬儀に出かけるカバンの隅に文庫を忍ばせてはいたものの、久しぶりに会う従兄弟やよくつながりが分からない人と話すうちに、ああ、あなたがあの…などと昔疑問に思っていたことが腑に落ちたりしたものの、文庫は開かれず…とにかくそんなこんなで、二ヶ月かけて読みました。

面白いです。今すぐもう一度最初から読み直したいくらいです。なんせ頭の回転が鈍いから、分からないまま読んでいたり、大事なことを読み落としていたり、きっといっぱいいっぱいそういうことがあるはずなので、自分の時間さえたっぷりあれば、ああ…カップラーメン啜りながらカラマーゾフを読み直したい!

なんせ、犯人が三人もいるミステリーがありますか?いやあ、ちょっとね、なんか中心が空白、って感じなんです。つまり、三兄弟の父が殺されるわけですが、その犯人として逮捕され裁判にかけられるのは長兄のドミートリー(愛称ミーチャ)なんですが、実際に殺害したのはスメルジャコフというカラマーゾフ家の料理人なわけです。しかし、彼をそそのかして殺すように仕向けたのは次兄のイワンなのです。しかし、イワンはイワンで、仕向けたつもりはなかったんですよね、ところがよくよく振り返ってみると、たしかにスメルジャコフをして父を殺させたのは自分かもしれない、いや、自分が殺させたんだ、というふうに自分の意識というか無意識に入り込んでいくところ、それもスメルジャコフがそこへイワンを誘導するわけですが、そのあたりは鬼気迫るというか、本当に殺意があったのかどうか、そこのところが意識から無意識へと入り込んでいて、そこがなんだかとってもスリリングで、ちょっと現代の小説でもないくらいに現代の何かを照射しているように思えるんだけれど…

それと、長兄のドミートリー(ミーチャ)…もし映画を作るなら、三船敏郎ですね、この役は。ポケットから札束をはみ出させながら、恋する女を楽しませようと、湯水のごとく金を使いながら、ジェットコースターに乗ったように破滅に向かって突き進んでいく感じは、ううん、三船で見たい。…でも、ひとり、舞台作品にできたなら、最近出会ったある役者にも、この役はやらせてみたいかな…

ということで、今年はハイテンションで幕を開けたようです。

本年もよろしくお願い致します。

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ゆっくり歩く、ということについて。

11日から始まったテアトルフォンテのWSは、明日が4回目。明日はホールの本舞台を使ってのWS。ちょっと贅沢!でも市民の税金で建てられたことを思えばごくごく当然かも。明日で4月は終わり、来月は連休明けから再開になります。4月の大きなテーマは「ゆっくり歩く」。

「ゆっくり歩く」というのは不思議なというか、実に面白く興味深い演劇的体験です。私たちのWSでは、まず客席に背中を向けて、つまり舞台の奥へ向かって歩くことから始めます。意識は自分の体の動きに集中してもらいます。まず、なんといってもゆっくりとした足の動きと、それに伴う重心の移動。自分の動きをまるで微分して眺めるように、刻々、瞬間瞬間意識しなおす。そして視線。目は自分のまっすぐ前方、上にも下にも逸れないで、まっすぐ前を見ます。と、同時に視野の端までを同時に意識し続けます。そして姿勢。背中が丸まってないか、お尻が突き出ていないか、等などでしょうか…。今のWSのメンバーですと、だいたい3メートルを5分かけて歩くぐらい、熟練者になると、たぶんその倍の時間はかかると思います。それだけ、意識しなおす回数といいますか、瞬間瞬間への意識が細かくなるのだと思います。そして、なんといってもドラマティックなのが、振り返る瞬間です。

振り返る位置は、たとえば部屋の壁際に椅子を置くなりして決めておくのですが、「振り返る」という行動を促すきっかけは、歩いている本人が作ります。といいますか、感じてもらうのです。たとえば、サーッと風が吹いてくる、水の流れる音が聞こえてくる、誰かの呼ぶ声が聞こえてくる、等など…、歩いている本人がそれを感じて(実際には何も聞こえないのですが)ゆっくり振り返ってみるのです。その時の目がなんとも言えずドラマティックなのです。もちろん彼ら彼女らが見ているのは、WSを行っている部屋の壁やら天井やらですし、彼らを見守る私や他の参加者だったりするわけですが、彼らの心が見ている、あるいは彼らの脳内で意識されているのは、明らかにこの部屋ではない別の世界なのです。そこは風が吹きすさぶ無人の荒地かもしれませんし、明るい陽がそそぐお花畑かもしれませんし、水をたたえたオアシスかもしれません。それがどこか具体的には知りようがありませんが(後で聞いてみることはあります)、別の世界を感じていることは明瞭に伝わってきます。そこで、今度は客席に向かって歩き出します。自分が感じている世界の中に踏み入っていくのです。目の前に広がっているいる世界が、今度は自分を取り囲んでいきます。その世界の真っ只中で<言葉>に出会ってもらいます。どんな言葉でもいいのです。浮かんだ言葉を拾ってみる。口に出して声にしてみる。「誰かいないのー!」「待って…」「どっどど どどうど  どどうど どどう…」いろんな言葉が飛び出してきました。でも、出なくてもいいのです。無理に出す必要はありません。…そして、覚めていきます。無人の荒野が、お花畑が、オアシスが、ただのリハーサル室に戻るのです。そこまで、それで終わりです。

最初の後姿を見ていると、<単独者>という言葉が浮かびます。孤独ではなく単独であると。それが振り返った瞬間、舞台に立つ者とそれを見る私が世界を共有します。彼が感じている世界に、見守る私は誘われるのです。ここに一つの小さな劇が生まれたのです。それはとてもささやかな劇ではありますが、一人一人が自分で創った独特な劇でもあります。ゆっくり歩くことから現れる劇の世界。明日はフォンテの本舞台でどんな世界に誘われるのか、実に楽しみです。

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さらなる出会いが…

昨日、『Uフィールド版 孤独な老婦人に気をつけて』の一般ワークショップが始まりました。懐かしい顔、初めての顔、合わせて25名、風邪などで休まれた方を合わせると総勢29名。その殆どの方が、秋のUフィールドの舞台に立つためにここに集まってくださったのです。帰り道に思ったものです。「あはーん…こういうことだったのかと…」

神奈川での初仕事は湘南台市民シアターでの市民演劇の演出でした。テアトルフォンテの副館長・湯澤さんにはこの時に出会いましたし、出演者も一人WSに参加しています。さらに神奈川との絆を強くしたのが、横浜青葉区小・中・高生ミュージカルなのですが、その記念すべく第一回公演『手古奈』の原作者(当時は中学生で現在は大学生)もいますし、そのミュージカルがきっかけでお引き受けした中学校の演劇講師で出会った生徒も高校生になって参加しています。さらに藤沢でのWSの参加者に神奈川区民ミュージカルの出演者等々、そして新たにフォンテで出会った方々。「10年になる神奈川での活動が渦を巻きながら実を結ぼうとしている!よっしゃ!!」

そもそもこの台本は50人~60人でやれたら面白くなるだろうなあ…と思っていたのです。しかし、そんな劇場は借りられないし、出演者もそろうわけがないから、14・5人でやろうと考えていたのが、今から思えば嘘のようです。皆さんの顔が見られた現在(いま)、この人数に合わせた台本に変えなくてはいけません。嬉しい台本変更です。しかし、一つだけ、しまった!男が足りない!

そう、これだけ女性の出演者が充実してきたら、それに見合う男性の出演者が必要になります。それに、今回の劇のテーマの一つが戦争なのです。戦いで死んでいった数知れない兵士たち。その数知れない兵士の一人一人にスポットを当てるように仕組まれた部分があるのです。しかも劇のクライマックス、とも言える重要な場面がそれなのです。う~ん男が欲しい!さあ、どうしよう…

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出会いの連鎖 2

去年の5月、ほぼひと月かけて『uフィールド版 孤独な老婦人にきをつけて』の構成台本を作りました。それでもね、最初の5日間ぐらいはお先真っ暗の気分に落ち込んだのです。一つ一つは面白いのに、どうやればこれが繋がるのか、まるで見当がつかなくなり、「やっぱ、ダメなんじゃない、うー…」と一日ごとに気分が沈んでいきました。これまでの経験で、うんうんうなり出してから三日たっても解決策が浮上してこない場合は没になる公算が大きいのです。それが三日を過ぎて五日目を迎え、うかうかしていると一週間になってしまう、ああ、もうダメかもしれない、あんなにいけると思っていたのに、まいった!…

そんな時、かつて転形劇場でやった『水の駅』という舞台のことが浮かんできたのです。今頃、何故?…といぶかっていると、いつの間にか、『孤独な老婦人に気をつけて』の登場人物たちが次々と舞台に現れては去っていく、そういうイメージが現れだしたのです。ああ、この『uフィールド版 孤独な老婦人に気をつけて』は転形劇場の<駅シリーズ>のイメージで構成すればいいんだ!…それからの三~四週間のなんとスリリングでかつ楽しかったことか!そしてできあがった台本は…やはり予想を違えず、ちょっと他にはない、実に独特な魅力に満ちたものになったのでした。

さあ、これをどこでやる、どの劇場がいいんだ?ここのところ利用していたポケット?いやいや、この作品とはイメージが合わない。うーん、どこがいいんだろう?…

あれは7月の末か8月の頭。神奈川県の私立中学校の演劇大会がいずみ中央のテアトルフォンテで行われ、その講師として会場に出向いた時でした。控え室でお茶を飲んでいると、かつて湘南台の市民シアターで『砂の食卓』という劇を演出した時に照明をやっていただいた湯澤さんがテアトルフォンテの副館長という立場で私に挨拶をしにみえたのです。

ねえ、やっと「出会いの連鎖」というタイトルにふさわしい雰囲気になってきましたよね。というとこいろで、12時を回りました。この4月から中学生になる息子と、92歳で元気にしている母にお昼ご飯を作らねばなりません。続きは次回に。

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出会いの連鎖

いよいよ4月、新年度が始まりました。uフィールド版『孤独な老婦人に気をつけて』の一般参加者のワークショップも4月11日からテアトルフォンテで幕を開けます。30人を超える応募があり、さあどんな方々と出会うのか、ワクワクしている今日この頃です。

出会いといえば、今回の企画の始まりもそうでした。一昨年のUフィールド公演『森の奥へ』の何日目だったか、芝居のあとの飲み会で初対面の山田さんが話しかけてくれたのです。「目下、マテイ・ヴィスニユックという人の戯曲集を翻訳中なのですが、もうすぐ第一校ができるので、読んでいただけませんか?今日の劇を拝見して、この演出家ならきっと興味深く読んでいただけるのでは、と思ったものですから」 さらに続けて 「15の短編戯曲集なのですが、演出家が望めば、それをどう組み合わせて上演してもいいと作者自身が前書きに書いているんですよ」

即座に「面白い!」と感じました。それに、そもそも予感があったのです。今回は、次回に繋がる何かがきっと起こるはずだと…。

年が明けて送られてきた第一校は、とても刺激的なものでした。15の短編に世界のいろいろな断面が垣間見える、そんな感じ。その中に、一年前に死んだ父親の顔も浮かんでいました。「これは!…構成しだいで魅力的な、ほかではちょっと見られない実に独特な劇が創れる!」そう感じたのです。

その後、さらに出会いが続いて、テアトルフォンテからUフィールド公演のお誘いがあったのですが、それは次回に。

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 一昨日、『金色夜叉』の舞台が無事終了しました。いつもUフィールドを観てくださる方々も大勢来てくださいました。嬉しかったです。本当にありがとうございました。

 舞台の方も、劇場入りした夜が本番一回目という慌しさの中、関根絹世さんが主催する語りの会<話音>ならではの独特な世界が造れたように思います。もう少し客席に余裕があるか、あと一日公演があったら、あの人にも声を掛けたい、あの人も呼びたかったのに!と、ちょっと残念な気がしたほどです。中でも『金色夜叉』は、三人の語りが、するっと芝居の場面になったり、サッと語りに戻ったり、今まで貫一を演じていた染谷さんがいつの間にか貫一を恋い慕う宮の手紙を読んでいたりと、演劇的でありながら通常の劇とは違う、また<語り>であるけれども実に独特な語りの舞台が出来上がったように思っています。

 おおむね好評をいただいたのですが、中でも高校三年生の方が、「普通、劇というのは舞台の上で起こるのに、今日は私の頭の中にドラマが展開し、様々な風景や情景が次々と浮かんでくるようでした。それがとても新鮮に思えました。」といささか興奮気味に話してくれたのが印象的でした。

 そして今回も、どうやらこの公演をきっかけに新しい出会いが起こりそうなのです。ということで、今日、相模原から東京まで行ってまいります。どんな出会いになることか!

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嗚呼 金色夜叉!

「konzikiyasya.doc」をダウンロード

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初めてブログに文章を出してから、いつの間にか二週間が過ぎてしまいました。(なんという早さだろう。年とともにそうなることは自分自身のこととしても知っているし、人からもしじゅう聞かされるし、了解済みのはずなのに、それにしても早い、早過ぎる、まるでジェットコースターに乗ってるみたいに日々が目の前に翻っては飛び去っていく。いったいどこまでスピードを上げつづけるのだろう…とここまで書いて、思いが急停車した。いよいよ、いよいよ「老い」という未知のゾーンに突入しかけているのだろうか、(11月に右膝を痛め、かばっているうちに腰痛に襲われ、直ったと思っていたら1月に腰痛を再発させ、おさまりかけたら不整脈に遭遇し動脈硬化を指摘され、ウワオー)、いよいよ老いという未知のゾーンに突入しかけているのだろうか、恐ろしいほどゾクゾクワクワク、不安も一緒にゾクゾクワクワク、震えるような、恐いような、嬉しいような、いや、タマラナイ!

 「次回はUフィールドの新作『Uフィールド版 孤独な老婦人に気をつけて』の作者であるマテイ・ヴィスニユック(前回はヴィスヌユックと書きましたが、今回から以後、ヴィスニユックで通します)氏との出会いを書きます。」と公言したにもかかわらず、今回は目下稽古中の『金色夜叉』について書いてみよう、と思い立ちました。

 『金色夜叉』(小説。尾崎紅葉作。1897年(明治30)以降読売新聞に連載。未完。富のために許婚の

鴫沢宮

(

しぎさわみや

)

を富山唯継に奪われた

間貫一

(

はざまかんいち

)

が高利貸しになり、金力で宮や世間に復讐しようとする。のち脚色されて新派の当り狂言となる。―広辞苑―)

 まさか、この自分が『金色夜叉』を演出することになろうとは!?「今月今夜のこの月を、俺の涙で曇らせてーッ(と、ここで思い入れ)あッ(と、一息飲んで)見せるからー(と見得を切るごとく)」と書いただけで、芝居がかった、大仰な、いやいやたまらん、だから芝居はいやなんだ、わざとらしくて見ちゃいられねえ!…と感じていたかつての自分がまざまざと浮かんできます。それがどうして演出など引き受けるはめに?

 もう一年以上前になりますが、Uフィールドメンバーの武内紀子が初めて自分で企画して語りの会を催しました。その演目が『金色夜叉』だったのです。三十人も入れば超満員

の喫茶店を借り切っての公演、と呼ぶには余りにささやかなその催しは、しかし、私には構成が面白く、へーっ、金色夜叉ってこんな部分もあったんだ、と興味も引かれたし、それと同時に、役者のくせに目立つことの苦手な彼女が自分で企画し台本を構成し、と新たな分野に挑戦し始めたと知った意味でも嬉しい事だったわけです。さらにおかげで関根絹世さんという語りのエキスパートと出会い、関根さんが主催する語りの会『和音(わおん)』の中で寺山修司の作品を演出させてもらったり、Uフィールド公演『ストールン』に出演していただいたりと…ここまで書いて、あのささやかな発表会がずいぶんいろいろな可能性を引きずり出してくれたもんだなあ…と感心しつつ…しかし、ご存知でした?「ダイヤモンドに目がくらみ(小説にはこの台詞ないんですね、おそらく脚色で加わったものかと)」とはいうけれども、いくらなんでもそれだけの理由じゃないでしょう、宮が貫一を袖にしたのは、きっと言うに言われぬ事情というのがあったんだろうなあ、という私の常識人的人間観をものの見事に打ち砕いて、ほかに理由は無かったのだ、という事実を!

 これがね、理由がこれだからね、これだからこそ、『金色夜叉』は面白いみたいなんですよ。だって、これはまさしく不条理ですよ。貫一にとってはもちろん、宮にとっても、あの時どうして心変わりをしてしまったのか、生涯後悔しながら、それでも自分自身をさえ納得させる理由が見いだせないなんて!

 とにかく、お時間のある方は是非観にいらしてくださいませ。ホームページのメッセージボードの欄、2月4日の投稿に詳しい情報が載っています。

 なんとなく知っていて大仰で古臭いと片づけてしまっていたお話を、切り口を変えてみるだけで、

可笑

(

おか

)

しくて、哀しくて、苦しくて、観る者をドキドキさせる人間ドラマに変身させるとは!そこに「語り」という表現ジャンルの醍醐味がある、とさえ思うようになりつつあります。

 関根絹世さんは、実に芝居心のある、芝居心を大切にされる語り手です。だからこそ、語りながらふと目を伏せる、ふと視線を上げて正面を見据える、といった何気ない所作のうちに、その瞬間に演じている登場人物の思いが…ふわっと…行間に滲みだし舞台空間を浮遊するが如くに漂いはじめるのです。と、次の瞬間、登場人物から離れつつ客観的な地の文章が語られだすと、漂い始めた主人公の思いはさらに色濃く会場内に立ち込めて、観る者聞く者の心にまでじっと染み入るのです。この主観と客観の交代の機微、混ざり具合の妙が関根語りの独特な色っぽさ艶っぽさを醸しだすのですが、『金色夜叉』では、それが三人の語り手(関根・染谷・武内)の主観と客観の錯綜として現われるのですから、それがいったいどんなものかは……是非舞台を御覧ください、としか言いようがございません。

そして、この機微この妙はUフィールドの舞台づくりに通じるものがあるとはっきり感じているのですが……。

 さてさて、こうやってここまで書き進んでみると、人と出会える、ということはやっぱり面白いなあ、とつくづく感じます。マテイ・ヴィスニユック作『uフィールド版 孤独な老婦人に気をつけて』ではどんな出会いが訪れるのか?まずは翻訳者の山田ひろ美さんとの出会いがあり、できたてほやほやの日本語への翻訳第一稿との出会いがあり、日本を訪れたマテイさんとの出会いがあり、テアトルフォンテとの出会いがあり、4月に入れば、まだ未知のワークショップ参加者との出会いがありetc.etc…何ものかとの出会いを新鮮に受けとめられる限り、老いというのもエキサイティングでありつづけるのかもしれませんね。「何かにね、驚くっていうのが大事なんだよね。ちょっとしたことでもね、ほんの少しでも驚いてると、お芝居も生き生きしてくるんだよね」よく中学生の演劇大会などで言うことなんだけれど、今日はその言葉を自分に向けて言うことで締めくくりたいと思います。

また、次回に。

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とうとうこの日が…!

 パソコンには極力触れまいと生きてきました。

 かつて牛丼やさんでアルバイトをしていた折も、11時に昼のメンバーに業務を引き継いで着替えたあと、朝の時間帯の業務報告をパソコンに入力する必要があったのですが、私の場合、メモ用紙に書いておくと、後で同僚の若い人がパソコンに書き込んでくれたものでした。

 どうしてパソコンが苦手なのか。 それは、パソコンが時としてこちらの言うことを聞いてくれなくなるから。あれは本当に理不尽です。いきなり画面が固まってウンともスンとも動かなくなる。押してもだめなら引いてみなっていうけれど、あればっかりは押しようも引きようもない。怒り心頭に発した女房にだって、時間という妙薬があるのにさ。それと何より腹立たしいのは、せっかく書いた文章が保存できなくなった瞬間です。あれはない。丸一日かけて書いた台本の数ページがなんの警告もなしにいきなり消滅してしまうなんて!…「ですからね、ちょっとこまめに保存するようにしてるんですよ、私はね」…そうアドバイスをしてくれた友人がいたけれども、しかし確かに書いたはずのものが瞬時に消えうせて取り返しがきかないなんて!劇の世界の大先輩がある時腹立ちまぎれにパソコンを殴りつけたとか、分かる気がします。もちろん、私にはできません、きっと手が痛いし、もし壊れたりしたらもったいないし…しかし、パソコンが嫌いな理由はそれだけではありません。いえ、パソコンというよりネットの世界、そこに出て行くというか、身を晒すというのか、そのことが億劫だということもありましたが、それ以上に恐れがあったのです、新しい世界に出て行くことに。

 かつて、携帯電話は絶対持つまいと決めていた時期があります、今は昔の感はありますが…(一昨昨日の晩、愛用の携帯を湯の入った浴槽に落っことしてしまいました。一晩乾かしましたがハッハッハッ、これ以上は無駄だと観念して翌日の午前中に携帯ショップへ直行しました)…。携帯を持ったら、行方不明になれなくなる。いやね、どっちみち家には帰るんです、帰るんだけれども、仕事を終えて家に帰りつくまでの数時間、これくらいは行方不明になっていたい、特別悪いことをするわけじゃなくてもね、かつてははっきりそう思っていたんです。もともと人前に出るのは苦手でしたし、先生に指名されるだけで心臓はドキドキ、顔は真っ赤になって、いえ、指名されると思っただけでいたたまれないほど緊張してしまって、ですから、人の間で立ち働くのにはそうとう神経を使っていましたから(誰でもそうかもしれませんが…たまにそうでない方もいらっしゃる?)その仕事が終わって職場の目から解放されたあと、家族の視線に身を晒すまでが自分一人の自由な時間、ほんの束の間都会の人ごみに紛れ込んだ一人の男でいられる時間、携帯電話だって!?、そんな物を持たされたらいつでもこの身を誰かに晒しているようなものじゃないか、と、たしかに数年前までは思っていたのに…。

 やはり隠れていたかったのでしょうね、劇団のホームページにこれまで顔を出さなかったのは。もちろん時々のぞいてはいましたが、どうしてもネットの世界に出てきたくなかった、身を晒したくなかったのです、不特定多数の視線に普段の自分を。それじゃ、今になってどうしてのこのこと出ていくことにしたのか?一つには、十月の次回公演が新作にもかかわらず台本を書き下ろす必要がない、したがって時間的に余裕があるから。でも、今までだってそういうことはなかったわけじゃありません。なら、どうして今回に限って?それはね、今回の『Uフィールド版 孤独な老婦人に気をつけて』のことを一人でも多くの人に知ってもらいたい、と真剣に思ったからです。実に当たり前なことで恐縮なくらいですが、もう隠れんぼをしている暇はないと悟った(オーヴァーな)、でもそう思ったのです。二十代の自分が、かつての赤面症が、人前に出ることで、舞台に立つことで、人の目に自分を晒すことで何かを変えようとしたように、普段から自分の思うことや感じること、考えることをネットの世界で人々の視線に晒すことで、きっと何かを変えようとしているのです。そのきっかけがマテイ・ヴィスヌユック氏の魅力に満ちた短編戯曲集から私が構成させていただいた『Uフィールド版 孤独な老婦人に気をつけて』なのでしょう。

 次回はそのマテイさんとの出会いについて書いてみたいと思います。

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