すぐ側にある別世界 2
インスタント盲人体験のワークショップの最後に、こんなことを話してみました。現在中学2年の息子が3~4歳くらいだったかしら…
当時、彼は保育園に通っていて、朝は女房が保育園に送っていくのですが、帰りは、劇の稽古などがあるとおじいちゃん(私の父)にお迎えをお願いしていました。80歳での初孫、それはそれは可愛がってくれていて、お迎えも苦にせずしてくれたので私たちには大助かりでしたが、一つだけ困ったことがありました。おじいちゃんがお迎えに行くと、必ず玩具(おもちゃ)が増えるのです。帰り道の途中にマルエツがあって、そこできまってねだられるわけです。それで、おじいちゃんに「玩具は買わないで」とお願いし、「うん、分った」と言ってくれるのですが、それでも玩具は増えるばかり、「困るんだよ」と言うと、「いや、こっちも困っちゃうんだよ、玩具の前で動かないんだから」…
子育てで知ることはけっこうあるもので、私たち大人と、幼児ではスーパーマーケットは全然違う顔を見せるのです。その典型が幼児向けの玩具。ああいったものは、幼児の目線の高さに配置されているんですよね。ですから、大人に手を引かれてスーパーの店内を歩くことは、幼児にとっては玩具の誘惑を受け続けることになるんですよね。大人は晩ご飯のおかずは何にしようかなあ…と、ひき肉や鶏肉を眺めながら歩いているのに、子どもはウルトラマンや怪獣のフィギュアやポケモンやアンパンマングッズの林の中を歩いていたりするわけです。つまり大人と幼児とでは、スーパーマーケットが全く違う世界として体験されている、ということになります。さらに子どもによって、ウルトラマンに強く引かれる子と、仮面ライダーに夢中な子では世界が異なってくるでしょうし…このことを押し進めて考えていくと、現実の世界は一つでも、体験される世界は、そこに人が十人いれば十の世界体験が、百人いれば、百の世界体験がある。ということは、千人いればそこには千の世界がある、と言えるのではないでしょうかと…
つまり、私たちとは一人一人が別世界に暮らす者たちの集まりではないのか…と。
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