ゆっくり歩く、ということについて。
11日から始まったテアトルフォンテのWSは、明日が4回目。明日はホールの本舞台を使ってのWS。ちょっと贅沢!でも市民の税金で建てられたことを思えばごくごく当然かも。明日で4月は終わり、来月は連休明けから再開になります。4月の大きなテーマは「ゆっくり歩く」。
「ゆっくり歩く」というのは不思議なというか、実に面白く興味深い演劇的体験です。私たちのWSでは、まず客席に背中を向けて、つまり舞台の奥へ向かって歩くことから始めます。意識は自分の体の動きに集中してもらいます。まず、なんといってもゆっくりとした足の動きと、それに伴う重心の移動。自分の動きをまるで微分して眺めるように、刻々、瞬間瞬間意識しなおす。そして視線。目は自分のまっすぐ前方、上にも下にも逸れないで、まっすぐ前を見ます。と、同時に視野の端までを同時に意識し続けます。そして姿勢。背中が丸まってないか、お尻が突き出ていないか、等などでしょうか…。今のWSのメンバーですと、だいたい3メートルを5分かけて歩くぐらい、熟練者になると、たぶんその倍の時間はかかると思います。それだけ、意識しなおす回数といいますか、瞬間瞬間への意識が細かくなるのだと思います。そして、なんといってもドラマティックなのが、振り返る瞬間です。
振り返る位置は、たとえば部屋の壁際に椅子を置くなりして決めておくのですが、「振り返る」という行動を促すきっかけは、歩いている本人が作ります。といいますか、感じてもらうのです。たとえば、サーッと風が吹いてくる、水の流れる音が聞こえてくる、誰かの呼ぶ声が聞こえてくる、等など…、歩いている本人がそれを感じて(実際には何も聞こえないのですが)ゆっくり振り返ってみるのです。その時の目がなんとも言えずドラマティックなのです。もちろん彼ら彼女らが見ているのは、WSを行っている部屋の壁やら天井やらですし、彼らを見守る私や他の参加者だったりするわけですが、彼らの心が見ている、あるいは彼らの脳内で意識されているのは、明らかにこの部屋ではない別の世界なのです。そこは風が吹きすさぶ無人の荒地かもしれませんし、明るい陽がそそぐお花畑かもしれませんし、水をたたえたオアシスかもしれません。それがどこか具体的には知りようがありませんが(後で聞いてみることはあります)、別の世界を感じていることは明瞭に伝わってきます。そこで、今度は客席に向かって歩き出します。自分が感じている世界の中に踏み入っていくのです。目の前に広がっているいる世界が、今度は自分を取り囲んでいきます。その世界の真っ只中で<言葉>に出会ってもらいます。どんな言葉でもいいのです。浮かんだ言葉を拾ってみる。口に出して声にしてみる。「誰かいないのー!」「待って…」「どっどど どどうど どどうど どどう…」いろんな言葉が飛び出してきました。でも、出なくてもいいのです。無理に出す必要はありません。…そして、覚めていきます。無人の荒野が、お花畑が、オアシスが、ただのリハーサル室に戻るのです。そこまで、それで終わりです。
最初の後姿を見ていると、<単独者>という言葉が浮かびます。孤独ではなく単独であると。それが振り返った瞬間、舞台に立つ者とそれを見る私が世界を共有します。彼が感じている世界に、見守る私は誘われるのです。ここに一つの小さな劇が生まれたのです。それはとてもささやかな劇ではありますが、一人一人が自分で創った独特な劇でもあります。ゆっくり歩くことから現れる劇の世界。明日はフォンテの本舞台でどんな世界に誘われるのか、実に楽しみです。
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